FORM_Story of design(... Kato Takashi weblog)

最後の同潤会アパートメント
最後の

上野下、地下鉄銀座線稲荷町駅近くに建つ最後の同潤会アパートメント。自治会によってしっかり管理されているおかげで今でもしっかりと現役だ。
ちらりと見える表札や、レンガ造りの塀には上品ささえ感じてしまう。
色と色とが集積した壁面はところどころひび割れ、補修のあとが見えるが、すでに消滅してしまった他の同潤会アパートメントとは異なり増築もなく、往時の面影をのこす建築といえよう。

竣工から80年以上もたち、大通りに面した一階にはパーマ屋や弁当屋が軒を連ね、このアパートが人の生活とともに時を大切に刻んできたことがうかがえる。
建築にはそこに暮らす人の暮らしぶりが、それがたたずむ空間に如実に反映されるものだ。
このアパートメントには「暮らし」という日々の目には見えない人のいとなみと、建築空間という実存が織りなすデザインの思想が息づいている。

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デザインとアートのバランス感覚
まち

本来デザインとアートにどのような違いがあるのだろうか?そんなことを考えてしまう。暮らしを豊かにすることは人々の、暮らしをいかにより良くするか、というデザインの努力によって成り立っていると思うし、アートはアートで個人的な想念の発露であり、それはまた個人がいかにより良く生きるか、という本質的な問いに結びつく。
そこには大衆と個人という違いこそあれ、本質的には大差がない。

デザインはアートのようにより自由になることを夢見ているし、アートはデザインのように大衆に認められることを夢に見ている。だれにも認められたくないようなアートなど存在しない。
だからこそデザインも今一度人々が今なにを必要としているのかを考えなければならないし、大衆の発想力を喚起するだけのものを生み出さなければならないと思うのだ。
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戦前の恩地孝四郎
恩地

青木淳さんとぺーター・メルクリさんの「建築がうまれるとき」展を見に行ってきた。建築展のことを書く前に私が強く影響を受けた芸術家、恩地孝四郎について書こうと思う。なぜ恩地孝四郎について書こうと思ったかというと、建築展のチケットで見れる美術館収蔵作品展「近代日本の美術」が同時開催されており、そこでひさしぶりに恩地孝四郎の版画に再会したからだ。確か展示作品は1915年の木版「矜情・あかるい時」だった。

恩地孝四郎については大正昭和の時代に活動した版画家としてよく知られている。竹久夢二に指事し、師とは異なる道を版画でしめした。数多くの文学書の装丁や挿絵を手がけたことでも知られる。萩原朔太郎の詩集「月に吠える」での版画がつとにに有名だ。
1914年に田中恭吉、藤森静雄らと同人誌「月映」を創刊。フォトモンタージュなどの写真作品や詩も残しているが、個人的には1920年代を中心にした版画作家としての活動のイメージが強い。
カンディンスキー、ロシア構成主義に影響をうけた幾何学的な直線で構成された抽象的な作品、立体物を想起させるうごめくような色。版画というざらついた質感の紙にすくい取られた色の構成が時代の空気感を感じさせる。

恩地孝四郎は当時はまっていた1920年代の文脈のなかで出会い発見したのだが、戦前社会的にはあまり認められることがなく、今から見ればもっとも充実した作品を創作していたこの頃の版画のオリジナルは極めて現存数がすくない。ゆえに自刷となるオリジナル版画を見ることは稀だ。その作品は戦後日本より早く評価の高かまったアメリカへと海を渡ってしまっている。
版画と絵画を区別して、その立ち位置を示そうとした戦前の版画家たちは、自ら描き、自ら彫り、自ら刷ることをよしとした。

当時の画壇では版画は絵画より低く見られていた節があり、恩地孝四郎も版画家としてよりも、書籍の装釘や挿絵画家として日銭を稼ぐ他になかった時代が長くつづいたという。
同時代の挿絵家としては当時は怪奇小説と評されていた、江戸川乱歩の小説の挿絵を描いていた竹中英太郎も印象に残っている。

恩地孝四郎の挿絵や版画は抽象画の文脈で語られるべきで、決して大衆的な世俗的なものばかりではないだろう。時代は第一次世界大戦と二つ目の世界大戦のはざま。混沌、モダン、暴力。世界中で同時多発的にさまざまな文化運動が勃発した。どこか未来への不穏な空気と、先行きの不透明感を内在しているかのように見えるこの時代の文学と芸術。また医学がいまの時代ほど発達していなかったこの頃、病も文学の背景には悲劇的なばかりではない影響を残している。
今の時代、創作の原動力になるものは何なのだろうか?文学や芸術の背景にあるものとは?

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主観BUILDING K  後編
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工学的な見地から効率重視の考えのもと生まれた、同じようなスケール感と同じような素材、そして同じような設計案と同じような建物。
それはこの国にあって建築という自由なものから自由を奪い、個性的な街なかに無個性な個性というものをアメーバー状に波及させながら、富士の裾野までひろがっていく、どこまでいっても東京というような独自の風景を作り上げてきた。
それが美しいか美しくはないかという問題は、おそらく建築が扱う問題ではないかもしれない。しかし、この風景にどうしょうもない憧憬をいだき、そのなかで生を営み、かけがえのなりわいを築いていく人間は同じように、そんな東京という都市を構成していく重要な構成要素であることにはいつの時代も変わりはない。

モダニズムが画一的に効率優先で理解された‘70年代以降、日本ではそれまでのベーシックであった個性的な表情をもった建築が、工学の原理にのっとって画一的な表情をもった建ものに姿を変えた。それは70年代以降に建てられた公共建築に如実にあらわれている(例えば全く同じ意匠をした公立学校建築に)。この場合、モダニズム=工学主義と例えることも可能かもしれない。

超線形設計プロセスという思考が、一個人がもつ思考の論理的にその建築がもつ与条件から生まれるとしても、それが一人の個性を持つ建築家の頭のなかから生まれるものである以上、建築とは都市のなかの一人のかけがえのない個性が生んだ産物であり、その個性がこの都市のなかでもまれ、生活している存在でのあらなみの中で、全体に対する建築という思考そのものが、物質に伴う普遍的な存在としての価値を見出したとしても誤りではないだろう。

それでもその普遍性に還元可能な、超線形設計のプロセスは藤村氏の建築家としての真摯な姿勢のあらわれに他ならないだろう。
建築家による設計のなかでの論理の飛躍はともするとクライアントの困惑をまねき、来るべき建築そのものの存在を危ういものにしかねない危険性をはらんでいる。その意味で設計のプロセスを明確にするために、いくつもの微細な差異をもつ模型を連続的に作ることは、それを思考する「頭」と、建築を積み上げるための「手」の仕事の、その存在とをつなぐ明確な手段になる。

「批判的工学主義」と「超線形設計プロセス」いう二つの建築家としての建築への取り組みの思想と、自身の考え方を提唱して議論を生み出している藤村氏。都市における建築はその風景をつくり、人の振る舞いを導くものである以上、そのかたちやスケールは人間の思考に結びつき、都市における人間のこれからのありかたを規定づけるひとつの心象風景になるだろう。

これは雑多な建物が同じように軒を連ねる現状の東京というものの風景を超心理的にサンプリングした建築作品だと思う。
それは決して目新しくも珍奇でもない、私たちが都市にいだく欲望だったり憧れそのものだ。
それは人間の精神のスケールによりそったところで構想された建築であるだけに、どうしょうもなく切ない思いを建築で表現した建築だと思った。


neko2
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主観的 BUILDING K  前編
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高円寺という中央線沿線に共通する比較的低層の住宅やビルが連なる街中の、駅から程近い場所に建つ藤村龍至氏設計のアパートメント、BUILDING K。
曇り空のなか時々薄日のさす空のもとに実際に見たそれは、戦前の東京の風景の低層住宅しかなかった町に、日本初のRC造の都市型アパートメントである『同潤会アパートメント』が建ったときに思いを馳せさせる懐かしいたたずまいであった。外装無塗装のアスロック(押出成形セメント板)がもつ素材感は、不思議と築半世紀以上たった20年ほどまえにみた、一連の同潤会アパートメントがもつ表面のざらついたテクスチャーを思わせるそのたたずまいに近いものであった。
高円寺という昭和の風情を残す駅前の生鮮食料品を売る商店、雑居ビルや居酒屋、そして若者たちが集うショップやカフェが混在する雑多な街の風景。
垂直に上へと連なる窓のある外壁、そして最上階の部屋の天井高をずらすことによってランダムになった頂がかもす音楽を感じる外観。
建築の意匠によって、意図的に生じさせたそのリズミカルな建物の頂上付近のバランスは、ユニークでコミカルな印象さえ感じさせる建築の面白さを、空間の輪郭というフォルムによって表現しているようにみえる。

1階部分の透明感のあるガラスのファサードは、抜けのよい清々しい景観をこの建物とその周囲環境に波紋のように広げている。
四隅にあるはずの柱が見当たらないというただそれだけのことで、どこにでもある商店街の風景から隔世した感のある崇高な風景をつくりあげ、そこから空を見上げたときの風景のありかたを一変させるだけの新しさをもって築かれている。
構造的には1階から4階までが4階天井付近に飛び出したメガ梁(メガストラクチャー)による吊り構造というもの。それを4本の柱が目立たず支えるという。またアパートメントの外観の風景の一部であるエアコン室外機やガス給湯器、それどころかベランダやバルコニーの類がみあたらない。設備のほとんどがこの建物を支える4本の柱の内部や外観にかすかにのぞける縦に連なる設備スペースにゆったりと格納されているという。
600mmピッチで並ぶ目地もこの建築の外観を印象付ける要素になっている。必要要素でありながら美的な解釈も可能な合理的な装飾だとおもった。

それらは全て、この雑多な要素の混在する東京ならどこにでもあるような無個性というこの街の個性を、表象的に表現しているようにもみえる。
その意味でこのBUILDING Kは東京の、いやどの地方都市に連続して同様な計画的によってたてられたとしても、同じような存在感で日本の都市空間に存在しうるだろうことを想像させるものだ。
そこにはまさに自己を肯定的にとらえる批判的な精神がもつ工学主義がいきづいている。

外観の水平垂直が構成するシンプルさ、メガストラクチャーという多様さを内包するきわめて明確な構造、その建築が生み出す多様な生活のスタイル、超線形設計プロセスという明快なコンセプト。単純ではない簡略化された空間をつくりだすすべてのプロセスとそれを生み出す思考は、建築する思考そのものを空間に積み上げる明快なものだ。都市における建築の在り方と、同じく都市における建築家の在り方のひとつの道筋を示すアヴァギャルドな実験ともいえるだろう。

neko
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Tokyo 21pm
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大橋トリオ
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いいなあ、大橋トリオ。
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現代アートビジネス 後編
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現代に表出しているあらゆる問題点やメリットが現代というもののあり方に無縁ではないように、同時代のアートやデザインもつねに時代の要請によって生まれている節があることを知るべきだ。「朝まで生テレビ」を見るように現代アートには、いまという時代の社会における諸問題が内包されているから。

それをわかりやすく書いているのがこの本だと思う。1人の世界的なギャラリストによって語られる言葉は、一見むずかしい現代アートが、社会に日々おこっているあらゆる出来事や事柄に無縁ではなく、むしろそれを映す鏡であることに気づかせてくれる。
現代アートを知ることは、もしかしたらアートそのものをしることではなく、それが作られた時代やその背景を知ることになる。
この書物は現代アートの入門書ではない。現代アートビジネス、というタイトルからもわかるように、現代アートビジネスについて著者の実際の実務を中心に書かれている。
だから現代アートを巡るお金の事情も実例を紐解きながら、専門家でなくとも理解しやすく書かれているところが良い。

たとえばアートを巡るお金にまつわるあらゆる狂騒は、そのアートがおかれた時代を如実に映し出している。現代アートではないが、'80年代ゴッホの「ひまわり」が絵画市場最高の高値で日本の企業が落札したとき、世界は驚いたがまさにその時代、日本は未曾有のバブル景気の真っ只中にいた。
そしていま、中国やインド、そして韓国などの現代アートの活況は世界経済と密接に結びついている。

だから現代アートを知ることは時代を知ることであり、それは私たちの生活と無縁ではない。
それでもその作品の評価の如何に関わらず現代アートは庶民感情からいえばあまりに高価だ。そしておおよそアートや贅沢品と同様に一般生活にはいささか縁遠い。
現代アートに生活への豊かさやうるおいを求めるまえに、社会に対する自らのありかたを投影し、その存在に重ね合わせてみるのも現代アートの楽しみ方のひとつだろう。


現代アートビジネス  小山登美夫著
アスキー新書

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BUILDING K.
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小さな本のための小さな展覧会
ji

小さな文字で描かれた文字の配列に、細いパステルの線で描かれた植物と建築の曼荼羅。そこに描かれたそのどれもがこの世界では等価値で、そのどれもが等しくこの世界で価値を持つものだ。
石上純也氏の建築にはたくましい建築への意思と、それを補完するファンタジーとイマジネーション、不思議のアリスの世界に迷い込んでしまったかのような建築と夢が一体になった、不思議な密度に満ちた空間が演出された。
建築家の展覧会でありながら建築の模型や写真、空間と建築のかたちという、こちらのイメジネーションの手がかり足掛かりとなるような要素がまったくない白い空間に一瞬ためらいをおぼえる。
壁に掲出された、建築史家の五十嵐太郎氏の詩的なイマジネーションを感じさせるセンテンスの長い3つの美しいテキスト。「他者としての植物ではないこと」、「自然現象としての建築」、「extreme nature」。その中でのヴェネチアでの風景に近いパビリオンへの言及。そして日本が創作の分野で唯一といっていい、世界に太刀打ち可能な建築という言語をいかに歴史の中で効果的に構築するのか。
先週末まで石上氏も参加していた若き建築家たちによる合同展「風景の解像力」展が行われていたビルの細長い一室は白い壁で仕切られ、イマジネーションによる建築の構築作業が見る者の意思にゆだねられる。
次の間ではスチロールの細長い展示台の上に、石上氏のドローイングが並べられ、そこに描かれた植物と風景の建築のイメージと、その展示のイメージが、植物というキーワードによってひとつになるというもの。
石上氏の建築において風景は無限の広がりを持ち,個々のイメージは複数のイメージと重なり拡張し、そして具体的な建築への夢とつながる。
そこにはもう建築が場所や意味や何かを語ることをやめ、時間のなかに置き去りになった風景の一部になっていた。


小さな本のための小さな展覧会
2008.7.7-7.15 (7.13 休) INAX:GINZA 7F
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