FORM_Story of design(... Kato Takashi weblog)

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秋岡芳夫覚書


秋岡芳夫展が目黒美術館で開催中。僕はまだ行けてないけど、会期中には行くつもりだ。秋岡芳夫氏については只今勉強中なので自分に対するざっくりしたmemoとして、適宜推敲しつつ以下のテクスト書こうと思う。

秋岡芳夫は戦後から活動している工業デザイナーであり、童画家であり、デザイン運動の活動家である。
'60年代から学研の付録のデザインを手がけるなど、子どもたちたちに対するデザイン教育にも熱心であったと聞く。
僕の秋岡探訪は先日、藤崎さんに本展のチラシをいただいたときから始まった。今日、仲間と打ち合わせ中にこのチラシをみせたところ、皆が自分なりの秋岡論のもっていて楽しく話すことができた

書物や活字に詳しい編集者の古賀さんによれば、秋岡芳夫の父秋岡梧郎は有名な図書館員で、カウンターで希望の本をオーダーしていたそれまでの図書館の貸し出しシステムから、いまの自由に図書を閲覧できる図書館のシステムをつくった人と言われている人物だと聞いた。
工業デザイナーとして'50年代には当時では珍しい工業デザインのデザイナーグループKAKを結成し、自動車のデザインなどを筆頭に、企業のデザインを指導する立場として活動を展開。KAKとして当時企業のための手がけた仕事としては、写真やカメラ好きにとっては身近なアイテムである名作露出計「セコニック」、ミノルタのカメラなどのデザインもある。
世代的には、秋岡氏は1920年生まれで、戦後デザインを代表する柳宗理氏、剣持勇氏、渡辺力氏とは5〜10歳ほど歳下にあたるが、大きくは同時代のデザイナーといって差し支えないと思う。だが、この微妙な年齢差が、もしかしたらその後の工業デザインへのスタンスの違いとしてあらわれたのではないかという気もする。

'70年代以降は大量生産をよしとする消費社会に対し懐疑的な立場をとるようになり、消費者から愛用者へをスローガンに、同時に自身も日本の戦後高度経済成長を支えてきた工業デザインと距離をおくようになる。

また個人の興味としては生活道具のコレクターとしても知られており、市井の人びとの日用品や、道具類のコレクションも膨大、多岐にわたったという。今回の展示でも自身のデザインした製品ととも愛用の品が展示されているという。
デザイナーのもののコレクションといえば、イームズやカスティリオーニの名前がついついうかぶが、竹とんぼからブルートレインまでデザインを手がけた秋岡の幅広い興味が伺える話だ。
そのものづくりの舞台として、対話の場、ものづくりの場としてかつての日本人にとっては馴染みの深い「土間」を再発見したという。土間に関しては本展のタイトルにもなっており、晩年自宅の土間で竹とんぼを制作したという経歴もユニークだ。

ここらあたりは手仕事、クラフトの良さが見直されている現在の気分と通じるところがあるのではないだろうか。'80年代以降は地方のものづくり、とくに木工に着目し、地域社会における生産者の存在に着目した。戦後の工業製品の発達に尽力しながら、それが逆に画一的な社会を生んでしまうというパラドックスに陥りながらも、諦めることなく真摯にデザインに取りくんできた秋岡氏の姿勢には共感をおぼえる。早い時期から使い捨て社会に対し、警鐘をならした秋岡が示した「愛用者」という言葉の意味をいま一度考えてみたい近ごろ。



DOMA秋岡芳夫展 モノへの思想と関係のデザイン
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