FORM_Story of design(... Kato Takashi weblog)

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色と形のコンポジション


1888年西ドイツ生まれのジョセフ・アルバースは、32歳の歳にワイマールのバウハウスに入学、当時神秘主義者でもあったヨハネス・イッテンに師事する。イッテンの色彩と構成の美学にひかれながらも独自の美学を貫いたアルバースは、イッテン退官ののち、モホリ・ナジとともにバウハウスの予備教育で教鞭をとるようになる。
アルバースの教育方針は材料そのものがもつ機能や理論からではなく、材料そのものの研究からはじめるというものだ。たとえば、紙の扱い方の研究においては、紙をただ平面に置いて使用したりのり付けして加工するのではなく、折り曲げて立ててみたり、さまざまに折ることで強度を増すような試みであったりする。最終的には学生の自主判断にまかされるが、最初から既成の方法を採用することはしないというのがアルバースの教育スタイルであった。
材料の研究はときに回り道にもなるが、その根源にあるのは材料の経済性の優位のうえに、浪費をなくし、最上の効果を生むというものであった。そのような予備教育における、さまざまな材料との既成概念にとらわれることのない関わりのうちに、学生はいずれかの工場を選び従弟として実際のものづくりの現場で学ぶことになる。

バウハウスの廃校とともにナチスに追われるように妻でテキスタイルのデザイナーでもあったアーティストのアニとともにアルバースは1933年アメリカへ移住、ノースカロライナの田舎町に設立されたばかりの、第二のバウハウスと呼ばれる前衛芸術の共同体=大学ブラック・マウンテン・カレッジに参加、バウハウスの理念をアメリカで実践するようになる。
のちにジョン・ケージやマース・カニングハム、バックミンスター・フラーらが関わったたことで知られるこのスクールで、アルバース夫妻は戦前戦中と重要な役割を担っている。
戦後ブラック・マウンテン・カレッジを退職後、写真にも写っている4つの正方形の連なり「Homage to square 正方形へのオマージュ」の連作作品の制作を開始する。

この作品を見ても分かるように、アルバースは色と色の崇高な相互作用を認めながらも、その色彩同士が予定調和的に調和するものとは思っていなかった。
アルバースの作品において、隣り合う色彩同士は見る者のイマジネーションのなかで混じり合うことはあっても、根源的な問いを残したままただそこにおかれ、実際には決して混じり合うことがなく、色彩同士の差異を露呈しながら、さながらジョン・ケージの音楽のように脱構築しつつ反復する。だからこそアルバースは前衛音楽を奏でるように反復と変奏を繰り返しながら、同様の主題でいくつもの作品の習作を手がけたのだろう。

またアルバースはさまざまな色彩の組み合わせの調和とは、色相互の作用によって先天的に完全なる調和をもったものではなく、そこにいたる経験や、見ることの体験によって生み出され、創造されるものだとする。
「情報を与えられるものではなく、ゼロから始め、実験、体験をとおして想像力を養う」とは、ブラック・マウンテン・カレッジの教育方針のひとつだが、それはアルバースのバウハウス、そしてブラック・マウンテン・カレッジでの教育と自身の創作の実践において貫かれていた考えだということがわかる。
ポストモダンの契機にもなったブラック・マウンテン・カレッジでの前衛芸術運動の蜂起をみると、バウハウスの理念とポストモダン思想は意外にもどこかで繋がっているのかもしれない、アルバースの戦前と戦後の仕事をたどっていくとそんなふうにも思えてくる。

写真はプロダクトデザイナー秋田道夫さんの事務所にて。
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