FORM_Story of design(... Kato Takashi weblog)

Design, Real Landscapes.
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建築家特集などの記事でお世話になっているweb magazine OPENERSにてblogを始めています。タイトルは「Design, Real Landscapes」。デザインや建築の最新情報から、日常の気づきなどを写真とともに綴ります。ご期待ください。

「Design, Real Landscapes」
http://t-kato.blog.openers.jp/





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広島を巡って. 2
 
今回の広島イベントでは、オリンピック、あるいは未来は建築家やデザイナー、スポーツ選手だけのものではない、という考えからプレイベントとしてはゲストに初めて、建築やデザイン関係者以外の方を招いた。
お招きした4名のゲストは、今月開校のひろしまジン大学学長をつとめる平尾順平氏。CENTROというweb magazineを運営し、ミュージシャンでもある水木智英氏。広島FM広報の山本香織さん。そして広島出身の建築家、谷尻誠氏。

みなさん広島出身、広島を舞台に積極的にコトをおこそうとしている方ばかりなので、広島の街としての現状を見据えながら、それぞれの立場から、自身の活動、そしてそれをHODCの活動に結びつけて実感をこめて語っていただくことができた。

平尾氏は広島がもつ街としての魅力を市民が理解してこその広島の発展を、広島がもつ地域性の豊かさ、そこにある可能性を自身の活動に結びつけて伝えることを、開校間近のひろしまジン大学で目指すことをプレゼン。

水木さんはミュージシャンということもあり、軽妙な語り口で会場を盛り上げていただいた。最近お子さんが生まれたこともあり、いま以上に間口の広いコミュニティ豊かな街に広島をしていきたい、そんな思いが熱く語られていたように思う。

山本さんは子どものころ、1994年に広島で開催されたアジア競技大会の際に、山を切り崩し造成しつくられた選手宿泊施設が、広島の街や人びとから断絶したかたちで「選手村」とひとくくりにされることに違和感を感じたという。
感情や物資面を含め、広島の街全体が人としての思いやりをもって世界中の人びとを迎え入れる気持ちがもてるようになれれば、官民一体となったヒロシマのオリンピック開催も良い方向に進むのではない、というようなコメントをいただいた。







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広島をめぐって. 1
 
6月6日に開催のHODC第三回プレイベントが先頃広島で行われた。同じく2月広島で開催した第一回プレイベントはHODCの実行委員メンバー佐々木、小川、木原、門脇、加藤に、シャレット当日にもご提案いただく広島出身の建築家谷尻誠氏を迎えて、広島の都市としての魅力と、地方都市で開催のオリンピックに関して、地元で暮らす人びとのコンセンサスを模索しつつ、それらが前向きに検討された。
今月17日の東京プレイベントは、シャレットでのデザイン提案予定者の皆さんのなかからアラキ+ササキアーキテクツの荒木源希氏、伊藤暁建築設計事務所の伊藤 暁氏、スキーマ建築計画の長坂常氏、中村竜治建築設計事務所の中村竜治氏、成瀬・猪熊建築設計事務所の猪熊純氏成瀬友梨氏、馬場兼伸氏、黒川泰孝氏、ユニティデザイン雨宮知彦氏を迎えおこなわれた。
実行委員から、百メートル道路と丹下軸という2つの都市軸を巡って、そして広島の都市としての可能性、近代以降のオリンピックについて、6月6日のシャレット要項などがプレゼンテーション。後半はゲストの皆様方を交えてブレスト形式での議論を行い、各々の提案者が実際のシャレット当日にどのような提案をしてみたいかなどが、来場者を前に公開で議論された。

シャレット事前公開イベントとしては最後となる今回の広島イベントでは、HODCが昨年末発足し現在にいたるまでどのような経緯で、どんな趣旨をもっと組織され、そして運営されてきたのかが、これまで2回のプレイベントでの内容を総括するような形で来場者の前で発表された。
発足当時はHODCの趣旨は2020年のヒロシマオリンピックにむけた、オリンピック招致にむけた応援活動、それにともないオリンピックで使用される施設やモニュメントの具体的な提案、という点が主眼におかれていた。
だが、毎週もしくは隔週で繰り返し行ってきた実行委員による議論のなかで、もっと広い意味で建築やデザインの魅力や潜在能力を社会に伝えていく方法が模索され、シャレット自体のあり方が2020年とオリンピックを軸にしながらも、よりデザインの本質にちかい、10年後の暮らしや、都市の可能性、特に、地方都市の可能性を提案、議論する場としてHODCの活動を位置づけする方向に、ゆるやかながらシフトしていったように思う。

そのように考えが移行していった背景には、近代以降のオリンピックが政治目的に利用され、平和の祭典として側面が希薄になってきたこと。そして、現代のオリンピックが商業主義や都市の再開発の問題に終始するあまり、モントリオール以降回避がはかられたものの、オリンピック招致および開催において過剰投資が前提されることへの懐疑があったように思う。
それが建築家やデザイナー、しいては一般市民の都市への介入の不可能性の議論と重なり、現代のオリンピックのあり方とは異なる方法で、もっと本来的な意味での人類の平和的なスポーツの祭典としてのオリンピックや、都市への介入の仕方はないのかといったことが、プレイベントを通じて全体の問題意識として浮かび上がってきた。それは「地方都市」をキーワードに浮かび上がらせながら、オリンピック、2020年について、繰り返し議論してきたことによって自然に導かれてきたのだと個人的には思っている。













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N Dialogue in Motoyma 報告
 二日間にわたって名古屋のflorist_gallery Nで開催されたトークイベント「N Dialogue in Motoyma」。
天候にも恵まれ、店内に差し込む光も心地良い空間で寛いだ雰囲気のなかでのトークになった。先日ご報告させていただいた通り、僕は三つの対話に参加させていただいた。
第一話となったこのイベントの最初のトークでは、名古屋在住のアーティスト、源馬菜穂さんと、アートと街についての対話。
以前、源馬さんのNでの個展の際にはじめて彼女の作品に出合い、心地良い衝撃を受けたことはいまでもはっきり覚えている。普段アートが感じさせる敷居の高さから作品を購入することはほとんどないのだが、源馬さんの作品はひとめで気にいってしまい思わず購入した。そのときの作品はいま僕の部屋の一部になっている。
対話は、本トークイベントの全体のテーマであるNのある街、本山の話しから始まって、源馬さんの作品について、そして僕とNとの出合い、そして本トークのテーマとも源馬さんの作品とも通底する「とけ合う」、「つながる」をキーワードに、街と人との関係、建築やアートがそこで暮らす人や街にどう作用するのか、そんなことがそれぞれの実感をこめられて語られた。
Nを例にすると、ある街にたったひとつの建築と、ギャラリーや花屋として街や人に開かれた空間ができると、それだけ街はすこし変わる。そんな印象を僕はもった。もし、Nが本山になければ、僕はこんなに頻繁にこの街を訪れることもなかったと思うし、それが単なる住宅ではなく、ギャラリーや花屋という、オープンなスペースであることも重要だと思った、そんな話しをした。

写真家の詫間のり子さんと櫻井裕子さんの対話をはさんでのこの日の第三話では、この街で10年前にオリジナルデザインの家具を扱うレーベル「NAUT」を立ち上げた飯沼さんと、浜松から建築とデザインの魅力をウェブを通じて発信するサイトarchitecturephoto.netを運営する後藤さんとの3者鼎談。
飯沼さんは本山にリアルなショップをかまえながら、ビジネス的にはネットを主眼においている理由が語られた。木の質感をいかした家具をつくりながら、その手触りを生に伝えるのではなく、なぜ触ることも匂いをかぐこともできないネットを中心に商売をするのか?それは本山という街でものづくりや、情報発信をすることと関係があるようだった。
東京での売り上げが7割を越す、というNAUTの家具だが、まず、目にも手にも出来ないものを購入する真理を不思議に思いながらも、HPに掲載する写真や、実際のものづくりを丁寧にすることで問題をクリアする。ウェブという家具を触ることもにおいをかぐことも出来ない状況に、家具本来の価値判断をおくことで、作り手の手を離れたところでの客観性=社会性を獲得させようとする、そんな強い意志を、これまでウェブで製品を見ているだけでは感じられなかったNAUTの家具がもつ力強さを、僕はこの対話から感じた。
後藤さんはarchitecturephoto.netという情報サイトを個人で運営する人。サイトに毎日更新される建築、デザイン、アートの情報は自身がRSSなどのネットのアーキテクチャを利用して収集しているという。それを単に掲載するだけでなく、独自の視点で編集し、ときに作家と実際にコンタクトをとりながら記事として掲載しているところに、後藤さんの視点や人間味が加わり、他のどこにもないサイトとして情報の信頼性とともに評価されている。
今回の対話では東京ではなく、浜松から情報を発信すること、そしてその立ち位置が、東京の情報に偏らない、独自の視点をもちながら、フラットに建築やアートをみる目につながっていることが、対話のなかでの言葉やそこから伝わってくる体温からじんわりと伝わってきた。
僕は後藤さんの活動や飯沼さんの生業を自分なりに解釈しながら、自分のやりたいことにまず名前をつけてみることから始めてみようと提案。それは自分がなりたい姿、やりたい事を具体化するために有効だし、誰かにそう宣言したからには自分をその存在に近づけるために、そのための知識を身につけようと努力する。そうなれるように具体的に努力することに繋がると思うからだ。
後藤さんも飯沼さんも以前から付き合いのある友人だが、東京、浜松、名古屋と住む土地が離れていることもあり、なかなかリアルな場で対話することはこれまでなかったのだが、これからも自分たちの街を思う気持ちを繋がりにしながら、対話を重ねていければ、何かしらの未来がみえてくる、そんな印象をもつ対話になった。

翌21日はflorist gallrey Nの建築家・谷尻誠さんと施主である二宮ご夫妻との対話をモデレートさせていただく。家づくりの話しから、建築家との出会い、そして減額調整など、ライブでしか聞けない対話が自由な雰囲気のなかでなごやかに語られた。個人的にはこの施主あってのこの建築家、そしてこの建築家あってのこのお二人の施主、という感じで、Nはまさに建物にとっても街にとっても幸福な家づくりだなあ、とあらためて実感、感心しきりであった。

いま、名古屋では地元のデザイン関連イベントである名古屋デザインウィークや、古書や本をテーマにしたBOOKMARKNAGOYAといったイベント、そしてflororist_gallery Nを舞台にした建築とアート/デザインを巡る対話など、この街にはこれから何かが生まれる気配が濃厚だ。本ダイアローグの打ち上げでも地元の学生諸兄や、生まれ育った名古屋市内尼ケ坂と言う町で人と人、人とモノが出合う「サロン」を運営する名士今枝さんらと、この街についてデザインについて、そして僕らの生き方について議論をすることも出来た。いま街で楽しむ上でリアリティがあるのは当然ながら、そこに暮らしている人や、古くからこの街に生まれ、商いをする人と、そしてよそから来た僕のような人間が直に出合い対話することではないだろうか?
どの街にいてもその街を愛する思いが下支えしておこるコトやモノには、そこを訪れる人もそこで暮らす人も決して悪い思いはしないはずだ。僕もいつも彼らの思いに良い意味で巻き込まれ、刺激的なモノやコトを企ててみたいと思っている。
そんな信念をもって僕も何をしているのだ、そんな思いを再確認したイベントになった。




以上、写真:Mr.hori 


イベントDATE:
【N Dialogue in Motoyama
florist_gallery N において「つなぐ」をコンセプトに街と建築とアートを語り合います。
建築とアートの領域を超えた様々なつながりを生成する場とします。
2010年3月20日(土)、3月21日(日)の二日間
「つなぐ」トークライブ 
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