FORM_Story of design(... Kato Takashi weblog)

ARCHIZINES OSAKA / TOKYO
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9月1日から17日まで大阪の中之島デザインミュージアム<de sign de>で開催され、9月21日から23日の3日間には、外苑にある京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパスで行なわれたTHE TOKYO ART BOOK FAIR 2012の会場内で東京展が開催された「ARCHIZINES OSAKA / TOKYO」展。

古今東西の建築関連の世界中の同人誌を中心としたラインナップながら、ARCHIZINESによって収集された本たちからは、建築がマテリアルとする
ものが、建築だけではなく、街路や地形そのものを含む都市とその歴史、人間のいとなみにまでおよぶことがよくわかる。
そこでリサーチされ、写真、テキスト、グラフィックなどにより本のかたちにまとめられた様態は、それが扱う各都市の同時代のレポート、あるいはデータマップとして機能しているように僕は思った。


『感覚をひらく』facebook
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都市のミニアチュール
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プリズミックギャラリーで開催中の建築家 青木弘司さんのソロエキシビション「山岸邸」(開催中〜11月16日)。

今夏に京橋のAGCギャラリーで開催された「新しい建築の楽しさ」展で使用されていた立体のフレームが再構築され作品として展示されている。フレームに嵌め込まれたガラスには外苑西通りの景色が映り込む。先の展覧会ではその立体のフレームは、計画中のセカンドハウスの1/5の縮尺模型として構成されていた。
そのフレームのそばに、静かにそっと佇んでいた山岸邸の白いミニアチュールは、建築において風景が街路であるならば、さながらそれは都市のなかにたつ『詩』のようなものだと思った。

最終日には建築家の田中裕之さんと、写真家の山岸剛さんを迎えてのトークイベントも開催されるようです。


プリズミックギャラリー
開催中〜11月16日(金)
東京都港区南青山4-1-9
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DESIGN TOUCH
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MOUNTAIN GYM , makoto tanijiri.  DESIGN TOUCH.

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浅草松屋改装
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浅草松屋の改装が進んでいます。昭和40年代に設置された外壁を覆っていたパネルが取り外され、昭和6年竣工当時の外壁が現れています。

設計は大阪難波に今もある、南海ビルディング(南海難波駅)を手がけた久野節建築事務所。二つの建物には、それぞれ南海鉄道、東武鉄道と鉄道が乗り入れるビルであること、東武鉄道のコンコースとホームのある二階部分の半円形窓、外壁の乳白色のテラコッタタイルなどに共通点がみられます。それは久野がもとは鉄道省の技師で、初代建築課長であったことと関係しているのかもしれません。
外壁のところどころに繰り返し見られるこて絵風装飾が見事で、なんとも素敵です。半円形のアーチ状の窓といい、どうしてこれらが外壁パネルによって隠されなければならなかったのか不思議でなりません。

浅草松屋は昨今の景気後退による百貨店の不振の例に洩れず、屋上遊園地も一昨年閉鎖され、テナントも空きばかり。そんななか経済的な状況もあると思いますが、建て替えではなく、もとの状態に戻すこの方向性はいいと思います。

浅草には松屋と同様に、昭和40年代に味気ない外壁パネルを取り付けられたままの古いビルや建築が六区などにまだまだ残っていますので、この流れにのって乱歩や荷風が愛した、張りぼてでない、本物の浅草モダンの復元が進めばいいなと思います。
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建築、アートがつくりだす新しい環境
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本郷館
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文京区本郷の歴史ある下宿屋「本郷館」。
このエリアにはおもむきのある木造建築による昔ながら民宿や、全​国からの修学旅行生を迎え入れる旅館がいくつも建ち並ぶエリア。
1905年建造の木造3階建て建築は、今年で建造106年をむか​えた。明治の時代から大正の関東大震災、東京大空襲を生き延び、​何度も取り壊しの憂き目にあいながら今に至る。

東京大学や東京藝術大学も近く、この本郷館にも歴代数多くの学生​たちが居をかまえたという。なかには著名人も若いころ多く宿をと​り、歴史ある佇まいは文学や映画の舞台にもなった。なかでも「稲​妻」、「放浪記」など、戦前の女性の生き様を自身の生き方になぞ​らえ鮮烈に描いた小説家林芙美子が、若い頃をこの下宿宿ですごし​たことは良く知られている。

僕も学生のころからしばしば本郷館のあるこのエリアには自転車で​訪れ、坂道の途中に建つこの木造建築を真下から見上げたものだ。​坂道をくだり、本郷館を裏手から眺めると、二方を傾斜地に囲まれ​、この建物が東京大学などを擁する本郷の高台の上にたつことがわ​かる。
先ごろ、老朽化を理由にいよいよ取り壊しが決定したとの報を受け​た。先日訪れたときは、居室の木製の雨戸も閉ざされ、静かにその​最期を待っているようだった。

大きなビルなどがほとんどない小さなスケールの建物が多いこのエ​リアで、本郷館の3階建て延べ400坪の巨大木造建築は、都市的​な圧倒的スケールを持ちながら、木造建築独特の温かみを兼ね備え​た町のランドマークともいえる名建築であった。
写真は、本郷館の有名な正面からの景観ではなく、言問通りにつながる坂道の眺め。坂道の途中にたつ巨大木造建築の迫力が伝わるだろうか。
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仮設住宅のかたち
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森林資源保全のプロジェクト「more trees」による、被災地に木造仮設住宅を送るための​支援プロジェクト「LIFE311」。このプロジェクト​は先の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた被災地周辺の​地域産材を使用し、地域の人びととともに木造仮設住宅を​つくることを支援するとともに、地域活性化の試みとして​発足したそう。

more treesとしての支援地に選ばれたのは、もともと林業​が盛んな岩手県住田町。震災後いちはやく町として仮設住​宅を建設することを決定した町であるという。

今回はタイミングがあわず仮設住宅の内部を実際に見学す​ることができなかったが、解体作業を見学をすることがで​きた。
イベント終了後30分も経たないうちに屋根は大方が取り​外され、その手際の良さに驚くとともに、「家」とはかく​も簡単にシンプルにできているのだとその時思った。それ​はまたすぐれた職人さんによる高い技術のたまものでもあ​るのだが、仮設住宅の屋根の上で、あるいはその室内で、​再び彼の地で構築できるように丁寧に手際よく解体してい​く姿に僕は見惚れてしまったのである。

その後、more treesのメンバーでもある友人に、仮設住宅内に家具​として設えられていた坂茂さんデザインによるちゃぶ台、​間伐材等の木材を原料とするペレットを燃料とするストー​ブも見せてもらうことが出来た。ペレットストーブは灯油​と比べて燃料費を節約することができ、温暖化の原因とな​る二酸化炭素の排出を削減することができる次世代暖房器​具。
はっきりとした未来へのビジョンをもち、それを実現する​ためには、目的に適うことは複合的に実行していかなけれ​ばならない。LIFE311というプロジェクトには、森​を健全に育成していくための間伐材の有効活用、被災地に​不足している仮設住宅の支援、そして雇用の創出と、あら​ゆることが同時進行しているところがすばらしい。

個人的には先に見せていただいた、建築家吉村靖孝さんに​よる被災地に送る住宅のプロジェクト「エクスコンテナ・​プロジェクト」のコンテナハウス同様、平屋という建築と​、住まいのあり方は、町に対しても気負いがなく素直で、​人間にとってもっともプリミティブな住居だと思い、なか​なかいいものだなあと思った。
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House in Tokyo Suburbia

郊外やニュータウンの特徴は、人間でいうと匿名性にあたります。いわば、名前のない街ですね。だから、写真を見せられたって、どこの街なのか特定できない。あるいは、どの写真を見ても「これは自分の街なのではないか」と思ってしまう」(宮台真司・ホンマタカシ写真集「東京郊外」テキスト「意味なき強度を生きる」より。)

郊外には匿名性をもったさまざまな物語やショッピングモール、建築が集まっているといわれている。でも果たして本当にそうなのだろうか?郊外やニュータウンでの暮らしが、地域性や地理的特徴がありそうな下町や、名だたるブランドショップが軒を連ねる都市のなかの繁華街と、どのような違いがあるのだろか?郊外やニュータウンに暮らしたことのない僕には、その違いはあまり分からない。
写真家のホンマタカシ氏はその作品集「東京郊外」(1998年)において、千葉県浦安市や神奈川県相模大野市や都筑区、お台場や幕張などの風景やそこで暮らす人たちを、大判のカメラであたかもポストカードをつくるように、対象物から一歩ひいた目線から撮影した。それを大きな物語りが描いてありそうな大判の絵本のような一冊の写真集にまとめあげた。
そして今日僕は「東京郊外の家」と名付けられた若手建築家が設計したできたばかりの小さな建築をみる機会を得た。場所は東京と神奈川を区切る多摩川にほど近い住宅街。建築家は藤村龍至氏で、個人的にもHODC(Hiroshima 2020 Design Charrette)の活動やトークイベントなどでご一緒いただいたこともある方だ。
藤村氏にはこれに先立つもうひとつの「東京郊外の家」と名付けられた建築がある。藤村氏はご承知のように自身も東京郊外で生まれ、再開発などによって歴史性や地域性が希薄になってしまった郊外という場所に、建築の力で生活の場にみなぎる「濃密さ」を取り戻すことをひとつのモチベーションとして建築する建築家だ。
以前のインタヴューでも自身が生まれ育った郊外について、「私はまさに80年代のニュータウン開発とともに育った世代です。それでも街の中心部に行くと蔵造りの町並みなどが残っていて、多少歴史と繋がっているような感覚があったのですが、私が高校生くらいの頃から別の開発が始まって、今ではもうタワーマンションが並ぶ郊外的で希薄な街になってしまいました」( Web Magazine OPENERS 「都市へ、そして風景を超えてーより。)と語ってくれた。

今回ご案内いただいた新しい「東京郊外の家」は、東京近郊の街らしい、小さな家々が連なり人の暮らしが感じられる路地の一角に建つ。外観は都市的なジェネリックさをもったキューブ型の建物。その意味で郊外に固有な「匿名性」をもった建築なのだが、路地に面して大きく開けられた駐車場と玄関を兼ねた開口部や、大きくせり出した庇など、街に開かれた印象をもった、人懐っこさも備えた建築作品となっているのが印象的だ。内部は匿名的なアノニマスな外観の印象とは裏腹に、階段室を中心に、そのまわりに段違いに床が幾層にも多層的に積み上げられた表情の豊かさをもっている。
地階を備えた2階建ての住宅ながら、それぞれ中1階や中2階をもたせたことで内部空間には複雑さが生まれた。リビングや居室は、天井高をもたせたことで開放感を感じられる空間になっている。それが内部空間の豊かさに繋がっているように思った。また、照明や機具の選択や、窓のうがちかたなどに、バウハウスゆかりの機能主義の表現なども見え隠れして、藤村氏の内部空間への意識の高さもイメージさせた。

だがこの街も、他の東京近郊の住宅街の例に漏れることなく、近接した街にはタワーマンションが建ちはじめ、郊外に独特な匿名的な風景が浸食しつつある。
「郊外住宅」という建築とホンマ氏の「東京郊外」の写真には、同じくその解説文に藤村龍至氏とも関わりの深い建築家の貝島桃代氏が「否定も肯定もなく、ただ明るく、ニュートラルな光のもとで、全てにピントを合わせている」と言葉を寄せたように、それが郊外の住宅街であるがゆえに、住宅街のなかであまり高低差のない住宅建築群に真上からふりそそぐ太陽の光の存在のように、あくまでもフラットな形状と視点をしているのである。

究極のドリームランドであるディズニーランドも、先の自然災害で埋め立て地であるがゆえに危惧されていた、地盤の脆弱さを露呈し液状化した。われわれが描いた幻想の大きな夢物語りは、自然の前にもろくもその足もとをすくわれた形だ。
平成の大震災以後には、「都市」というものの存在や価値の変容は余儀なくされるだろう。都市はこれまでわれわれが思っていたほど「万能」でも「優れて機能的」でもなかったのだ。それと同時にこれまで「郊外」を形成していた、郊外であるがゆえに、なすがままに得体のしれない曖昧なままにおかれていた何ものかも、いずれその本来的な現状の受容とともに変容することも余儀なくされるだろう。
最後に先の「東京郊外」に収められた貝島氏のテキストから部分を恣意に抜きとり、そこに書かれた「写真」という文字を「建築」に置き換え引用して、「東京郊外の家」からインスパイアされて書かれた本稿を締めくくりたい。

どちらにしても東京郊外の建築というのは常に一つの仮説であり、この仮説と絶えず変化する現実との関係のスタディが様々な建て方を試した一つ一つの建築であり、そのフィードバック・ループの軌跡がこの建築なのだ。

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縮退時代の新しい都市像
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現在、新宿のリビングデザインギャラリーで開催中の卒業制作展「縮退時代の新しい都市生活 ー建築系卒業制作にみる思考ー」。その開催にあわせて先ごろ行なわれた講評会を聴講してきたので、出展者のコメントと講評者のコメントを織り交ぜながらレポートしたい。
本展は建築家の門脇耕三氏キュレーションのもと、A+Sa佐々木高之氏、untenor名義で浜松市で活動するメディアプロジェクト辻琢磨氏と吉岡優一氏のユニットの協力のもとおこなれたと聞いた。出展は本年度の大学卒業制作、修士設計15案が選抜。
この日の講評者には、僕も実行委員として参加したHiroshima 2020 Design Charretteにも参加いただいたスキーマ建築計画の長坂常氏、メジロスタジオの馬場兼伸氏、HODCの主宰者である佐々木高之氏が参加。出展者所属校は、ICSカレッジオブアーツ、静岡文化芸術大学、首都大学東京、東京大学、東京工業大学、東洋大学の6校。

ICSカレッジオブアーツの小林さんは新築による民宿のプロジェクトを提案。会津を舞台に、インテリアなどにこの地方伝統の素材や伝統工芸品を随所に用いた。通りの賑わいがもつ町の魅力を活かしつつ、町にひらかれて建つこの地方伝統の木造土蔵造り建築が意匠上の特徴となっている。宿泊者以外もこの場所を楽しむ仕掛けとして、ギャラリーなどのパプリックスペースを併設。展示が館全体ににじみ出ていくような、ギャラリーに宿泊できるような感覚。連続的な町並みを意識し、新築にも関わらず時の流れをつくることを意識した。

首都大東京岡崎さんの作品タイトルは「その学校の名は‥」。舞台は富山市に設定。普通の町中であればどこにでもあるような既存の商店街再編のための計画。商店街のなかに小学校を挿入する。商店街を中心とした地域と学校の関係性をつくりながら、小売りを中心とした商業圏における学校の存在が、その地域に賑わいをもたらし、それがしいては活性していくためのプログラムを考えた。経済的なものだけではなく、一人の人間存在としてコドモの視点で街をみてみる、というところが新しく可能性を感じると長坂氏。またコドモではなくもう少し年齢の高い高校生を設定してもいいのでは、という講評者の意見もあった。

東京工業大学清水さんが提案したのは、地方農村の再開発。農業用の倉庫を、農業従事者だけでなく、地域の人々が集う場所にする計画。農作物を一時保管する場所である農業用倉庫の機能に一般の人が立寄り使用できるような、銭湯、カフェ、直売所、体育館、アトリエ、劇場などが共存した集会場のよううな施設を併設する。生産力の低下、農業従事者の高齢化とともに衰退していく傾向にある日本の農業。外周部分のファサードに収穫物を納める倉庫、収穫期には収穫物が外周のファサードを飾る。祝祭性のある建築は日本ではあまりない、その提案になっているのでは?と馬場さんと門脇さん。西洋都市のおける広場のような存在としての、農村におけるパブリックなものとしての集会場。新しい地方農村のあり方を提案していたように思う。

首都大学東京長井さんは自らの地元である筑波に住む友人のためのワイナリーの計画。ブドウの畝(うね)、南北方向に方向性をつくる。地域性を建築の方法論で解く。その根拠となっているのは、自分が住んでみたいと、思える建築という。田園における職住近接による地域密着型の牧歌的な風景を描いていた。

東洋大学森田さんは、増殖しつづける郊外のニュータウンに20年後の「見守り都市」を計画。築30年以上のニュータウンにおける戸建て住宅街に隣接して、戸建てが積み重なっていくような一般的な片廊下型の建物ではない高層集合住宅を設計。周辺の既存の戸建ての住宅街には若い世帯を誘致。高齢者住宅である高層棟と、戸建て住宅街が一体となった見守りのための集合住宅街=ニュータウン。人口減少とともに衰退していくであろう郊外を更新していくためのプログラム。見守り都市はともすると高齢者密集地域になってしまうのではないか、そこに楽しさがあるのか?と門脇氏。通常の老人ホームよりも確実に規模が大きくなるなかで、そこに都市的な拡がりを示す必要があるのでは、と辻氏。今はなんでもミックスだが、実は都市はゾーニングである。都市の中にそれをつくることには可能性があると門脇氏。

東洋大学大山さんは「移民都市ー武蔵野田園都市ー」を構想。大山さんは埼玉生まれ。つくばエクスプレスの誕生で急速に郊外化が進んだと指摘。東京にもっとも近い埼玉のこれからの郊外を構成する要素として、「リゾート」「移民」「郊外」「コンテナ」というパズルのピースを用意した。また
郊外化していく街に積極的に海外からの移民を誘致。移民を受け入れるためのポジティブな要素として埼玉をリゾート化するためのプログラムを考えた。リゾートというキーワードをもとに熱海的直線的、モナコ的曲線的という既存のリゾート地をリサーチ、その地形的な特徴をそれぞれのプランに当てはめて想定してみせた。都市のスラムとしての側面をもつ郊外には、都市の発展とともに移民が集まり増大するという先進諸国の例をみるまでもなく、近い将来日本も同様問題に直面する。
移民とリゾートの関係性がまだまだ不明瞭、と指摘しながらも、スラム化する前に、移民の人々のためのリゾート観光都市開発を提案するころに可能性があると長坂氏。リゾート観光都市とすることで「だサイタマ」を払拭する。住居は安価で大量にゆにすることのできるコンテナでつくる。現状移民者の存在に問題があるとすれば、文化的なコンフリクトに理由があると、門脇氏は指摘する。リゾートがそれをどう解決する手段になるのか、プランには課題はまだまだ多いが郊外におけるひとつの提案としてユニークなものであった。

東洋大学荒井さんは「社会復帰都市」として受刑者の社会復帰のプログラム施設としての刑務所を建築的な側面からアプローチ、
犯罪者が社会復帰をしていくプロセスを建築で表現した。場所は、ホームセンターなどが立ち並ぶ典型的な、さいたま市のロードサイドを設定。刑務所は犯罪者を収容するためだけの場所から、労働の場所、そして、これからは社会復帰の場所となることを見据えた提案。段階をおきながら環境や他者と触れ合う密度を空間でつくっていくことで受刑者が厚生していくためのプログラムを考えた。
自由な振る舞いを誘発すると思われている空間で、人間を管理する、そこに面白みがあると辻氏。
それを街中に開かれたかたちでおくことで、都市における建築の役割をも考えるためのプログラムになっている。社会から隔絶するための刑務所ではなく、社会復帰させる施設としての刑務所を量販店が立ち並ぶ郊外の象徴的な場所である「ロードサイド」につくってしまうあたりに案としての面白みを感じた。

首都大学東京井辺さんは「運営事業者介在型シェア賃貸住宅に関する研究及び設計提案」。
高度経済成長期の過程で量産され、現在では老朽化して解体される一方の団地と長屋の改修をシェアハウスという現代的な問題意識で解決するプログラム。
井辺さんが注目したのはシェアハウスで問題になってくる、ブライバシー重視か、コミュニケーションを重視するかといったふたつの視点。そこでブライバシーとコミュニケーションの二つに比重をおいた、二つの異なるプログラムを提案。若い人にしかシェアハウスのニーズはないのか?と佐々木氏。今回は若年世代に絞ってリサーチをしたといシェアハウスに対して、空間を共有することで得られる快適性に着目。まさに縮退時代に向けたリアリティのある問題意識であると思う。

ICSカレッジオブアーツの花宮さんは、ストリートスピリッツ「ミチノココロ」と題して、西新宿五丁目の今はゴーストタウンと化したけやき通りエリアの再開発のためのプログラムを提案。
住宅が密集して、防災上危険な地域といわれている場所だが、逆にいえばそこには、狭さを楽しむ工夫が建物の内外にあった、をコンセプトとして、そこに安価に利用することができる宿泊施設をつくる。再開発エリアをオフィス、バー、アパートメント、コインランドリー、レストランといった要素によって構成。この場所を商業エリアにしたいという区の要請を考慮しながら、人があつまり活性化することを想定し防災上危険地域という問題点をクリアしながら、「かたちを残すのではなく、プログラムを残すことに留意」したという。
新宿の繁華街にも近く商業性の高い地域で、商業エリアにするという計画に打ち勝というということはなかなかに難しい。そこにホテルを密集させることは面白みがある、と門脇氏。

東京大学中川さんの提案は「都市の農(ヴォイド)」。舞台は東京都狛江市。その中心となるのは「都市のなかに残された農地」。
農地を都市のヴォイドとみたて、生活と仕事が一体化していく、これからの都市の古くて新しいコミュニティのあり方にも触れていく提案。長坂氏、馬場氏が賞賛した計画であった。東京のところどころにある農地のあり方を考える提案であり、風、熱、光などの環境をコントロールすることで、周辺環境とどう一体化していくのか。それが細部にわたって検討されており、今すぐにでも提案可能、といわれた案だった。東京のヴォイドに対する計画だが、地方都市にも応用が可能な計画とアンテナの吉岡氏。農地の外周にガラス、鉄、コンクールでスタイリッシュなフレームで囲い、そこを倉庫にしたり休憩所にすることで、周辺とゆるやかに繋がりながら境界をつくる、良質なデザインも好評価につながった。

東京工業大学東さんは、町工場の多い大田区羽田周辺を敷地にした、町工場再編によるものづくりの学校をつくった。古くから産業と結びつき発展してきた町工場を、これからの都心開発においての基盤とする。その提案にはものづくりがこの国の経済発展や、経済成長を支えてきた牙城だけに、説得力があった。専用工場の大空間をライブラリー、アトリエ、ミュージアム、など文化的なものに結びつける案にもリアリティがあり、国際空港にも近い立地をかんがみて、エリア内にゲストハウスなど人がそこにとどまる工夫をすることで、観光の拠点としての立場も明確に示した。これまであまり文化的なものとは結びつきにくかった製造業に、それらを接続することで、新しいコミュニティや、地域の産業の後継者育成プログラムとして側面をもち、都市をライブラリーとしているような提案だと思った。


静岡文化芸術大学寺田さんは自邸の改修計画案をプレゼンテーション。高度経済成長時代やバブルの時代とはことなり、経済が不調なこれからの時代には新築は建てにくくなったと言われて久しい。それは個別の住宅も同様で、リノベーション住宅が人気が高いのもうなづける。新しい住まいとして、既存の集合住宅や戸建て住宅のリノベーションは、現代的な住まいの舞台として人気も高い。
寺田さんは住む人の具体性をよりリアルに体現するために自邸をテーマとしたいうが、卒業設計のテーマとして自邸のリノベーションをテーマにした背景にも、そんな現代性とあいまって、とても興味深い。建築家にとって自作による自邸のプロジェクトは珍しくないが、そこにより身近な者ならではの具体的に家族と話しあうことで、より具体的な設計が可能という視点は、建築家におけるスタートとしてはよりリアリティがあって好ましい。
講評者からの感想も、新築ではなく改修の計画でありながら、純粋に建築のデザインが面白い、と長坂氏、馬場氏による、法則があるようでないような、これから先どうなっていくのか、その先のさらなる改変までみすえているようにらみえるところがいい、など好意的な評価が目立ったこともうなずける。

東京大学一万田さんは「街に浴する」と題した故郷別府の温泉街の再開発計画。温泉街が衰退していくなかで、これまでのように観光客だけに頼るのではなく、住民と観光客が共有できる場所の創出が必要と提言。そのための新しい温泉施設と道をつくる。山奥の温泉街と違い、住宅街が混在する場所である。観光客目当ての歓楽街が住宅街のなかにあるような状況の改善策の提案でもある。源泉が豊富なこの場所の「お湯」というこの場所の資源を若い視点から描いた提案である。

ICSカレッジオブアーツの呉さんはT-APARTMENTと題した宿泊施設を提案。敷地は呉さんの母国台湾の台北の住宅密集地。それも整備されたエリアではく、都市化から取り残されたような下町エリアとのこと。通常、パブリック、プライベートなど水平方向のゾーニングをとる宿泊施設を、垂直方向のゾーニングで提案。道路に面したゾーンを垂直にパブリック、その内側をプライベートに分けるなど、快適さに配慮した細やかな感性を感じさせる提案であった。

他には当日は欠席であったが、ICSカレッジオブアーツ河原さんの「路地に集う」も出展されていた。

コンパクト、プラス、拡大。「縮退」という言葉の背景には両義的なふたつのそんな意味合いがこめられていると僕はつねづね思っている。縮小時代の社会では、都市に人口が集中し過密化はまぬがれ得ないが、国のレベルでみれば、都市も人口も縮退していくと同時に、場所は拡張していくことは物理的にも間違いはない。
その豊かになっていく可能性を秘めた「場所」を、どうデザインによってより豊かなものにしていくのかというところに、これからのデザインや建築の可能性があるのではないか?本展は学生による案を中心にしながら、その社会情勢と同時代性に敏感な彼らのピュアな目線にたちながら、今そこにある問題を考えるところから始める建築に、建築やデザインがもつ、社会の枠組みをひろげる可能性に満ちた試みだと思った。


〜2011年3月15日
リビングデザインギャラリー
東京都新宿区西新宿3-7-1 新宿パークタワー7F
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私東京・私郊外 [的]、建築
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藤村龍至建築設計事務所による共同住宅内覧会に訪れる機会を得たので、少しmemoをしてみたい。
「House of WINDOWS as Generic Building 5」と名付けられたこのビルディングは、起伏の豊かな地形のうえに比較的小さな規模の建物が建ち並ぶ、そんな東京らしい風景の中に建つ共同住宅。
元一軒家の建替えによる5階建てのビルディングということで敷地は周辺を見渡してみても、都心のなかのどこにでもありそうな住宅街の見慣れた建築環境といったおもむき。
国内であればどこにでもありそうな周辺環境と都市的スケールに対し、この規模のビルディングのスタンダードを目指したという藤村氏。
街並みと、当然ながら建築法規に対しても無理無駄のないスケールで建つこのビルディングは、町の風景とこの場所独自のスケールに寄り添いながら堂々とした存在感を放っている。今回の発見は、玄関入って鍵をかけてもまだ外、という各住戸の驚くべきプランが、ワンルーム型の賃貸都市住宅での住まい方を豊かにし、不動産価値を上げている。こうした大きなビジョンに裏付けされたデザインのちょっとしたアイデアが都市での住まい方を豊かにし、使い捨てが現状の賃貸都市住宅を都市のストックと考えることに繋がるんだなと思った。

以前僕は「主観的 BUILDING K」というテキスにおいて「建築の意匠によって、意図的に生じさせたそのリズミカルな建物の頂上付近のバランスは、ユニークでコミカルな印象さえ感じさせる建築の面白さを、空間の輪郭というフォルムによって表現しているようにみえる」と書いたことがある。
「House of WINDOWS as Generic Building 5」においても、音楽がもつ「旋律」と「繰り返し」に近いその独自のバランス感覚は健在で、建物の外観がもつ窓のリズミカルなレイアウトとは裏腹に、内部は各部屋のプランから設備類の配線にいたるまで、徹底的にシンメトリーの思想が貫かれている。そもそも論理的思考に基づいた超線形設計プロセスとは、そのリズミカルなプロセスからして、音楽的なバランス感覚抜きには思考できないものなのかもしれない。
藤村氏の建築を体験するのはBUILDING Kについで二軒目だが、ここでもBUILDING Kのダクト部に感じたのと同様に、僕はその共用部にしつらえられた設備類のシンメトリーな配置に、藤村氏のストイックでアノニマスな美意識を感じた。

近代史以降隆盛を誇るビルディングという建築のモデルは、その言葉がもつ近未来的な響きとともに僕にはある種のノスタルジーをともなって想起される。
それは人がすまう住居において、戸建住宅とは少し違う、より大きなスケールを持ち、そこでは住宅が上下に積み重なり、あるいはさまざまな職種によるオフィスがフロアをシェアし、同じ場所に異なる目的をもった人々が重層的に生活を営む場所となっている。
ビルディングはいまでは都市や郊外の区別なく、生活の場所としてどこにでもある当たり前なものとなっている。逆にいえばビルディングが都市も郊外も、それがどこであっても区別のつかないものとしているともいえる。

写真家のホンマタカシ氏は'90年代半ば作品集「TOKYO SUBURBIA 東京郊外」において、いま生まれたばかりの郊外独特の湿り気のともなった殺伐とした風景を、乾いた質感のネガカラーで同時代の風景として鮮やかにリアリティをもって描いてみせた。
ホンマ氏の写真と同じように藤村氏の建築にも「東京」と「郊外」が分ち難く結びついているように思う。奇しくも藤村氏の近作住宅に「House in Tokyo Suburbia」と名付けられた住宅がある。そしてこの春には「House in Tokyo Suburbia 2 」が竣工するという。東京とその周縁にあるという「郊外」は、そのどちらもが互いの写し鏡としての側面をもっている。東京がなければ郊外はなく、郊外は東京=都市の現実をリアリティをもって写し出している。
都市がもつその2面性こそが藤村氏の建築にも共通する感覚だと僕はなんとなく思っている。

かつて写真家の荒木経惟氏は、東京は自身の写真の終点であると言い、その思いを自身の写真作品のコンセプトと重ね合わせて「私東京」と呼んだ。それでは都市を舞台に建築設計やデザインを考える、建築家やデザイナーにとって、「私」とは、「デザイン」とは、いずれどこに帰着するのだろうか?
荒木氏にとって東京が「終点」であったように、建築家の藤村氏にとっても「東京」そして「郊外」は氏の建築の出発点であり、終点であるのか?
その2面性がもつ多層的な面白さが氏の建築がこれからもつであろう建築の魅力になるであろうと今日このビルディングを体験して僕は思った。
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