FORM_Story of design(... Kato Takashi weblog)

デザイン/アートの分岐点
ピクチャ 2.png

突然のニューヨークのデザインストア兼ギャラリー 「moss」 閉店のニュース(写真はmossの近況を伝える海外のウェブニュースよりスクリーンショット)。ウェブログ、FORM_Story of designでは2006年頃からデザイン/アートについて論考してきたが、その話題を提供してくれたのは、美術を扱う正統的なミュージアムやギャラリーよりも、ショップやインディーなデザインレーベルやギャラリー、デザイナーのアトリエから発信されるデザインであった。

なかでも、オランダのVIVID GALLERY、パリのギャラリークレオと並び僕が注目していたのがニューヨークのデザインショップmossであった。
mossはマレー・モス氏とフランクリン・ゲッチェル氏の2人によって1994年にニューヨーク・SOHOにオープン。2007年には同じアメリカ国内西海岸ロスアンゼルスにも進出、この数年デザイン/アートフェアにも常連のように出展していたことも記憶に新しい。

ヘラ・ヨンゲリウスやマーティン・バース、ステュディオ・ジョブ、クラウディ・ヨンゲストラらのいわゆるドローグやアイントホォーフェンに端を発するオランダの先鋭的なデザイナー、カンパーナ兄弟、トード・ボーンチェ、大御所ではイタリアのガエタノ・ペシェらも、mossが2000年代に積極的に紹介し、その後世界的に注目を集めるデザイン界のスターたちだ。

アーティストや美術家ではなく、デザイナーとよばれる彼らが当時mossなどのデザイン系ギャラリーで発表していたもののほとんどは、ユニークピースと呼ばれる一点ものが中心であった。それは大量生産には向かない手の込んだ作りのものであると同時に、高価な素材を贅沢に使ったり、道具としての機能を持たないもの、そもそもマスマーケットを対象にした大量生産・大量消費を前提としたものでも、されるようなものでもなかった。
だがそれらは、その特異なカタチゆえ、一見本来デザインが拠り所とする問題解決や、機能とはほぼ無縁なものであるからといって、無用なものであるという判子を押すこともできないものでもあった。

名作家具を燃やして黒焦げにしたものや、オフィスチェアの脚をもった動植物のようにもみえる抽象的なオブジェクト。大理石で出来た工芸品のようなスツールやブックシェルフ。それらは座るための椅子や、普段使いするできる道具、買いやすい値段など、従来の工業デザインがもつ意味からは大きくかけ離れたものであったことは確かだろう。
それが社会や産業に対し、何かしらの意味を持ち得たとするならば、アーティストにくらべ、普段社会に身近なところで仕事をすると思われていたデザイナーたちが、それらのデザインを通じ、現状の社会に対して異議を表明したことだろう。
ある仮説をたてるなら、それらアートのようなデザインは、現状の社会を批判的にとらえたもののあらわれであり、それを乗り越えるためのデザインによる応答、そういった意味での問題解決のためのデザインであったと。

ともあれアート市場という、小さいが巨大なマーケットをピンポイントにターゲットにしたそのスタンスは、それまでのデザインにはあまりみられなかったアプローチだっただけに、ことさら新鮮だった。
同時に、日常をより良くするという機能の面が重要視された、これまでのデザインとはかけ離れたアプローチにより生まれてくるそれらのデザインは、特定のマーケットやメディアに驚きとともに賞賛で迎えられたが、その特異なあり方ゆえ批判の対象にもなったこともあったように思う。
そんなアートとしてのデザインのマーケット/フェアであるデザインマイアミがはじめて開催された2005年頃には、デザインは現代アートと同様にビッグマネーを生み出すものとしてアート市場において認識され、デザイン=アート市場はにわかに活気づいたようにみえた。

mossもデザイン=アートの震源地であるオランダのミュージアムと共同で、デザイナーによるアートピースを手がけるなど、デザイン/アート市場において、その影響力はデザインや、デザイナーたちのパトロンとして、オランダやその他の国々とは桁違いのグローバルなマーケットを持つアメリカという国にあって、その立ち位置は際立っていた。mossの存在は、わが日本もふくめ、2000年後半の特定のデザインシーンを大いに活気づけたことは間違いがない。

ニューヨークのmossのショップは2月17日をもって閉店との情報
だが、海外のニュースサイトによると、今後はもう少し小さなスケールでのショップとしての活動再開も予定しているというから、mossの新たな展開にも期待したい。
世界同時経済危機をひきおこしたリーマンショックならぬmossショックにより、デザインとアートの蜜月は終了したとみるむきもあるようだが、人間の生活の営みがあるかぎり当然ながら「デザイン」は存在するし、社会のあり方をある側面において強度をもって示すデザインそのものを刺激するデザイン/アートというジャンルも存在し続けるだろう。
design | permalink | comments(0) | -
Sori Yanagi
1.jpg

僕の柳宗理さんの製品との出会いは、2000年頃にイギリスのハビタから発売されていた、エレファント・スツールだった。それを僕は当時住んでいた祐天寺に近い、代官山の洋服屋で黒を一つ、その後、同じ代官山にあった家具屋さんで白いものをひとつ買い足した。それは奥さんと一緒に暮らしはじめて、初めて買った家具で、値段は1万円くらい、当時イームズのビンテージのサイドシェルチェアが最低でも3万円くらいしていたから、エレファント・スツールの良いデザインでかつ買いやすい値段に驚いた。
見た目が薄く軽やかな三本脚のスツールは、良く目のつまったファイバーグラス製でできていて、自転車の前カゴに積んで坂道をのぼって家に帰る道すがら、思いのほか重かった、その重みを今でもはっきりおぼえている。

今思えば、最先端のデザインが、家具を扱う専門のお店ではなく、トレンドを扱うファッションのお店で買うことができたという点が興味深い。確かにあの頃は、イデーのような家具屋さんには脚繁く通ったものだが、ビームスのインテリアコーナーや、百貨店のデザイン売場、美術館のミュージアムショップが、デザイン好きにとっても聖地でもあったのだ。

柳宗理さん自身については、2001年のデザイン誌『Casa』2月号の特集記事で詳しく知って興味をもったはずだけど、その号にエレファント・スツール復刻の記事が掲載されていて、当時ハビタのディレクターをしていたイギリスのデザイナー、トム・ディクソンがリチャード・ハッテンとロス・メネスを従えての熱い柳事務所探訪記がなんともユーモラスで面白かった。そのときの柳さん特集号は、海外の家具のバイヤーさんや、ジャスパー・モリソン氏も熱く柳さんについて語っていて、同じ日本人として今みてもなんだか胸熱だ。

エレファント・スツールについては、'50年代のコトブキ製のものが、銭湯やどこそこに大量にあるだとか、いろいろな話を聞いた。それだけ柳さんのデザインは、デザインが付加価値となった現在よりも、工業デザイン黎明期の'50~'60年代に広く一般にも流通していたということだろうか。

その後、お金を貯めては天童木工製の名作『バタフライ・スツール』を手に入れ、ステンレスのカトラリーも手にいれた。
それら柳さんのデザインは、生まれ育った浅草に戻った今でも家にあり、現役で働いてくれている。

商店街の店先にあった寺岡のハカリ、波止場のボラード、亀の子たわし、野球のボールなど、なんとなく当たり前に目にしていて普通につかっているものがもつ(それが"アノニマス"というものの一端であることも含め)、もの本来の美しさへの気づきは柳さんから教わったものだし、ル・コルビュジエの「輝く都市」も、民藝も、ポワン・デ・ススパンションも、パリのコレットも(当時柳のバタフライスツールを販売していた)、全部当時、柳宗理さんに教わったことだ。
柳宗理さんどうもありがとうございました。
design | permalink | comments(0) | -
Christien Mendertsma Oak Inside...
1.jpg

ヒンデローペンはオランダ北東部フリースランドにある港町。伝統的に港湾貿易が盛んな町で、大西洋を通じてバルト海沿岸の森林資源の豊富な北欧諸国との交易があり、多様な木材文化が古くから栄えた町だ。干拓地として知られる天然資源の乏しいオランダにあって、港町には木工製品の文化が古くから根づいており、北欧のクラフトとも微妙にことなる木材をマテリアルにしたさまざま工芸品が生まれた。

木材製品を装飾するためにヒンデローペンで生まれた「ヒンデローペン・スタイル」と呼ばれる素朴な手描きによる絵柄は、濃い赤、青、緑とベージュをベースカラーに鮮やかな色味に特徴がある17世紀末発祥の絵付け画法。絵柄はフォークロアスタイルで花や鳥などが描かれており、素朴な絵付けは現在でも世界中でフアンが多いと聞く。
ヒンデローペンは、同じオランダ国内のヘラ・ヨンゲリウスやスタジオジョブの磁器作品を手がけることでも知られるマッカム焼きの工房がある町、マッカムにも近い。

今回のクリスティンのオーク家具コレクション「Oak Inside」は、オランダの現代アートギャラリーPriveekollektie Contemporary Artから、トーマス・アイク・コレクションとして発表されたもの。Priveekollektie Contemporary Artはオランダの彫刻やデザイン、絵画、写真まで幅広く取り扱う現代アートギャラリーで、デザインマイアミなどの国際的な現代アートフェアにも参加している。トーマス・アイクは2000年代初頭よりおもにオランダのプロダクトデザイナーとの恊働により、オランダ独自の素材と伝統に従った製品を発表しているデザインレーベル。フォークロアや工芸をテーマとしてながらも、単なる工芸とはことなるアーティスティックなアプローチに特徴がある。これまでもスタジオ・ジョブ、アルド・バッカー、ショルテン&バイーングらの作品を発表し、その繊細丁寧なものづくりには定評がある。

「Oak Inside」コレクションは、テーブル、椅子、カップボード、脚立、ボックス、スパイスミル、ラグで構成された家具シリーズで、クリスティンのサイト内のOak Insideのページをみると分かるのだが、これらの作品は多彩な色彩で描かれた1800年代のHendrik J.Lapにより絵画の中に描かれた家具を精巧に写しとった「写し」作品である。
北欧のデザイナーたちは過去の良質なデザインを良いところはそのままで、現代に見合った視点で更新=リデザインすることで、時代にあった道具やデザインを生み出してきたが、現代オランダのデザイナーたちもリデザインとは手法はことなるが、伝統をモチーフに現代的なデザインを生み出している。
装飾を施されたテーブルは簡易的な折畳み式、スパイスミルのその特徴的なかたちはテーブルの脚に由来し、ボックスはオランダの航海士が使用していた衣装ケースにインスパイヤーされている。ラグと、椅子のシートはニッティングデザイナーでもあるメンデルツマらしく、極太のニッティングによる作品が用いられており、素朴だが大胆な作品になっていると思う。
またカップボードに描かれた柄は典型的なヒンデローペンスタイルの絵柄だが、オランダには手のこんだ伝統的な寄せ木細工の装飾も有名だ。今回の作品ではまさにヒンデローペンスタイルの絵柄を得意とする専門的な工房である1894年創業の「Roosje Hindeloopen」と恊働した。

これまでも、デザインアカデミーアイントフォーフェンの卒業制作として制作された9.11以後のスキポール空港での没収品を集めて写真におさめた「チェックドバゲージ」や、消費量が世界一といわれているオランダの豚をめぐる状況をリサーチし一冊にまとめたPIGなど、当たり前な日常の背景に潜む社会の仕組みやロジックを独特のアプローチで作品に置き換えてきたクリスティンだけに、Oak Insideにこめられた意味を引き続き探っていきたいと思っている。

クリスティンのサイト、FLOCKSでは彼女の作品をたくさん見ることができる。


design | permalink | comments(0) | -
建築、アートがつくりだす新しい環境
1.jpg

Architecture | permalink | comments(0) | -
アートとプロダクトの不穏な関係

1.jpg

「"ART & PRODUCT" - アートとプロダクトの不穏な関係」と題したグループ展が清澄にある AI KOWADA GALLERYにて開催中だ。

出展作家は、磯谷博史氏、大田秀明氏、木住野彰悟氏、佐藤好彦氏、鈴木康広氏、土屋貴哉氏、冨井大裕氏、ホンマタカシ氏、三田村光土里氏、森田浩彰氏の10名のアーティスト。

展示作品はプロダクトをテーマにした絵画や写真、映像などの平面作品にくわえ、実際の工業製品をモチーフにした立体的なレディメイド作品など十数点。たとえば、以前、目黒のギャラリー青山|目黒で出会った森田浩彰氏の、ナチュラルミネラルウォーターのグローバル企業であるエビアンとボルビックの500mlペットボトルを使った関係性をテーマにした「From Evian to Volvic」(森田氏のペットボトルからペットボトルへ中の水を移す実体験に基づく作品)や、写真家のホンマタカシ氏による消費社会のひとつの象徴でもあるマクドナルドのトレードマークを、郊外や現代社会の象徴として扱った写真シリーズ『M』、冨井大裕氏は「ハンマー」と題し、ハンマーを並べた彫刻的でアブストラクトな作品を出展している。

どの作品もプロダクトとしての物自体の社会的なあり方に着目しながら、プロダクトがもつ用途という具体的なあり方を比喩的にあつかうことで、その意味をそこに残しながら、プロダクトから抽象概念だけを抽出しているようにみえる。

たとえば、佐藤好彦氏の「Type of Peace」は、PCのキーボードからキーだけを抜き出し、それをある意味をもった文字になるように配列することで、記号の刻印されたキーの本来の使われかたとはさほど遠くはなれることなく、アート作品たりえる作品を作っている。それはキーはキーボードの上にただ配列されているだけでは、たんに記号にすぎないが、それを指し示す機能が明確である場合、ある意味や文字として浮かび上がってくることを、物そのものを再構築しあらためて示した作品といえるだろう。

本展の意義はアートとプロダクトの不穏な関係というコンセプト自体にあると思うが、ここに展示された作品から、その意味を深く読み解いていく作業は容易なことではない。デュシャン、あるいはレディメイド、ウォーホールやリキテンスタインを例にだすまでもなく、これらの作品がわれわれが置かれた消費社会においてある批評性をもってたち現われていることは否定の余地もないだろう。

台座の上に置かれただけのボーリング球や、野球のボール、あるいはペットボトルが示すのは、もちろんこれらの工業製品を賛美するわけでも、それがある豊かな社会を物自体を選ぶことで謳歌しているわけでもない。もしここに選ぶことの価値を見いだせるとしたら、それは同時代的な優れた感性をもった芸術家たちによる時代を編集し、「手術台の上におけるミシンとこうもり傘の出会い」のように、異質なもの同士を組み合わせ、硬直した価値をゆさぶる卓越したセンスのたまものだろう。それは本展の隠されたテーマでもある広告もまたしかり、である。

「ART & PRODUCT」~2011年12月22日(Thu) AI KOWADA GALLERY
art | permalink | comments(0) | -
谷尻誠さんとのトークエキシビション

52 CHRISTMAS TALK EXHIBITION 2011

人とファッション、デザインと生活が交差する場所である「52」を舞台に、
「建築とアート、ファッションの交差点」をテーマに、トークエキシビションを開催いたします。

お迎えするゲストは、建築のみならず自由な発想をもったアートやインテリアデザインを手がけ、近年世界中で注目を集める若手建築家 谷尻誠さん。谷尻さんは52の建築を設計した建築家でもあります。
MARGARET HOWELL、ARTS & SCIENCE、etre Pieds nusのファッションコレクションラインをはじめ、丁寧な暮らしに根ざした生活アイテムを取り扱う52の空間を、どのように考えかたちにしていったのか。建築家自ら設計をした空間で、自作について語る貴重な機会になります。
また今回、「光」をテーマに52の2011クリスマス アートピースを手がける静岡在住の美術家 松浦澄江さんをスペシャルゲストとしてお迎えし、谷尻さんを交え、アート、空間、建築についてお話いたします。

アフターパーティーでは、お洒落なフードBarが出店、ギター、ベース、パーカッションによるスリーピースバンドの演奏が、クリスマス気分を盛り上げます。 
トークを中心に、52ならではの「暮らし」や「食」のエッセンスを交えながら、おいしいフードとドリンク、そして音楽とともにクリスマスを直前にひかえた、今このときしかない大切な夜を、有意義に楽しく過ごすことのできる場所をデザインいたします。 

みなさまのご来場をお待ちしております。


52 クリスマス・トークエキシビション 2011
「建築とアート、ファッションの交差点」

出演: 谷尻誠 MAKOTO TANIJIRI(建築家 / SUPPOSE DESIGN OFFICE)
            松浦澄江 SUMIE MATSUURA(美術家) 
モデレーター:加藤孝司 TAKASHI KATO(ジャーナリスト)

日程:2011年12月17日(土)
時間:トークエキシビション  16:30〜18:30(16:00開場)
アフターパーティー     19:00〜21:00
入場料:1,500円
アフターパーティーに参加の場合は+1,000円(フード&ドリンク代込み)。
お申し込みの際にお知らせください。
会場:「52」静岡県静岡市駿河区曲金4-12-50-2
電話: 054-202-8744
www.52b.jp
企画: 52 & 加藤孝司

お申し込み方法:
お名前、ご連絡先、参加人数を明記の上、 te-k@oregano.ocn.ne.jp 迄お願いいたします。
なお、お申し込み多数の場合は先着順とさせていただきます。ご了承くださいませ。

谷尻誠
建築家。サポーズデザインオフィス代表。1974年広島生まれ。80以上の住宅作品を手がけ、近年海外でのプロジェクトも数多く手がけている。2003年より穴吹デザイン専門学校非常勤講師、2011年より広島女学院大学客員教授。

松浦 澄江
美術家。東京藝術大学日本画科卒業。和紙と銀箔を使った立体作品を中心に創作発表。JAA・IAA会員、「シズオカ 人と美術を結ぶ会」事務局として鑑賞者と美術館の関係、都市景観と人の関係など巾広く問題提起。静岡市清水区在住。

加藤孝司
ジャーナリスト。1965年浅草生まれ。デザイン、建築、アートの記事を、専門誌やウェブマガジンなどに寄稿。デザインや建築にまつわるトークイベントなどの企画・出演も多数。
TALK | permalink | comments(0) | -
秋岡芳夫覚書


秋岡芳夫展が目黒美術館で開催中。僕はまだ行けてないけど、会期中には行くつもりだ。秋岡芳夫氏については只今勉強中なので自分に対するざっくりしたmemoとして、適宜推敲しつつ以下のテクスト書こうと思う。

秋岡芳夫は戦後から活動している工業デザイナーであり、童画家であり、デザイン運動の活動家である。
'60年代から学研の付録のデザインを手がけるなど、子どもたちたちに対するデザイン教育にも熱心であったと聞く。
僕の秋岡探訪は先日、藤崎さんに本展のチラシをいただいたときから始まった。今日、仲間と打ち合わせ中にこのチラシをみせたところ、皆が自分なりの秋岡論のもっていて楽しく話すことができた

書物や活字に詳しい編集者の古賀さんによれば、秋岡芳夫の父秋岡梧郎は有名な図書館員で、カウンターで希望の本をオーダーしていたそれまでの図書館の貸し出しシステムから、いまの自由に図書を閲覧できる図書館のシステムをつくった人と言われている人物だと聞いた。
工業デザイナーとして'50年代には当時では珍しい工業デザインのデザイナーグループKAKを結成し、自動車のデザインなどを筆頭に、企業のデザインを指導する立場として活動を展開。KAKとして当時企業のための手がけた仕事としては、写真やカメラ好きにとっては身近なアイテムである名作露出計「セコニック」、ミノルタのカメラなどのデザインもある。
世代的には、秋岡氏は1920年生まれで、戦後デザインを代表する柳宗理氏、剣持勇氏、渡辺力氏とは5〜10歳ほど歳下にあたるが、大きくは同時代のデザイナーといって差し支えないと思う。だが、この微妙な年齢差が、もしかしたらその後の工業デザインへのスタンスの違いとしてあらわれたのではないかという気もする。

'70年代以降は大量生産をよしとする消費社会に対し懐疑的な立場をとるようになり、消費者から愛用者へをスローガンに、同時に自身も日本の戦後高度経済成長を支えてきた工業デザインと距離をおくようになる。

また個人の興味としては生活道具のコレクターとしても知られており、市井の人びとの日用品や、道具類のコレクションも膨大、多岐にわたったという。今回の展示でも自身のデザインした製品ととも愛用の品が展示されているという。
デザイナーのもののコレクションといえば、イームズやカスティリオーニの名前がついついうかぶが、竹とんぼからブルートレインまでデザインを手がけた秋岡の幅広い興味が伺える話だ。
そのものづくりの舞台として、対話の場、ものづくりの場としてかつての日本人にとっては馴染みの深い「土間」を再発見したという。土間に関しては本展のタイトルにもなっており、晩年自宅の土間で竹とんぼを制作したという経歴もユニークだ。

ここらあたりは手仕事、クラフトの良さが見直されている現在の気分と通じるところがあるのではないだろうか。'80年代以降は地方のものづくり、とくに木工に着目し、地域社会における生産者の存在に着目した。戦後の工業製品の発達に尽力しながら、それが逆に画一的な社会を生んでしまうというパラドックスに陥りながらも、諦めることなく真摯にデザインに取りくんできた秋岡氏の姿勢には共感をおぼえる。早い時期から使い捨て社会に対し、警鐘をならした秋岡が示した「愛用者」という言葉の意味をいま一度考えてみたい近ごろ。



DOMA秋岡芳夫展 モノへの思想と関係のデザイン
design | permalink | comments(0) | -
Design, Real Landscapes.
1.jpg

建築家特集などの記事でお世話になっているweb magazine OPENERSにてblogを始めています。タイトルは「Design, Real Landscapes」。デザインや建築の最新情報から、日常の気づきなどを写真とともに綴ります。ご期待ください。

「Design, Real Landscapes」
http://t-kato.blog.openers.jp/





dialogue | permalink | comments(0) | -
美術と見世物
1.jpg

浅草寺境内にて現代美術家の小沢剛さんと東京芸大の美術学部の卒業生をふくむ学生たちによる「油絵茶屋再現」がはじまった。
明治7年、西暦にすれば1874年、見世物と茶屋の形式を借りて、客に油絵をみせる油絵茶屋なるものが登場した。浅草や銀座などの盛り場に集まる大衆目当てに、油絵を肴に、当時まだ珍しかったコーヒーをのませたという。今回の再現油絵茶屋でも、小屋の前で無料のお茶がふるまわれている。
実際に油絵茶屋が当場したのは、江戸から明治に時代が変わり、急激な近代化とともに西洋化がはじまり、絵画や彫刻において近代美術の受容がはじまったころ。
ヨーロッパやロシアの美術が国力の誇示として美術表現があったように、日本も近代の受容において、日本の伝統を表現する必要があった、そんな時代に浅草にあったという、油絵茶屋。

そして今回浅草寺境内に再現された「油絵茶屋再現」ですが、これがすごいんです。仮設的な存在である茶屋ということで一見チープなつくりなのですが、小屋のなかに展示されている一点一点の油絵のクオリティが非常に高い。
民衆を相手にした見世物の形態をしていたため、その資料はほとんど残っていない。今回再現された油絵茶屋は唯一残っている第一回目の引札(チラシ)をもとに作成されているという。その第一回目は当時の西洋画家五姓田芳柳と義松親子が中心になり行われた。
時代は、美術を展示するための美術館もギャラリーもない時代。美術という言葉自体もその前年に生まれたという。展示は見世物らしく、たんに画布に描かれた絵画を展示したのはなく、その絵が本物らしく見えるようにさまざまな工夫がこらされていたことが、当時の新聞などの記述に残されている。
計3回浅草を舞台に行われたという油絵茶屋だが、明治9年に行われた油絵茶屋には司馬江漢、かの有名な国宝級の絵画「乾魚」(作者・高橋由一)も、この油絵茶屋に展示されていたらしい、ということまでわかっている。

油絵茶屋において、それまで見世物にはつきものであった、観客を高揚させるものの中心でもあった、講釈師による口上は廃止され、作品を静かに鑑賞するという現代の美術鑑賞に近いかたちが生まれた。だからこそ、油絵茶屋は見世物と美術のあいだ、その登場はまた、絵画の見世物からの明確な脱却への志向でもあったともいえるのかもしれない。
それと浮世絵がそうであったように、この当時の絵画はいまの週刊誌やゴシップ誌のような役割を担っていたとも思われる。
再現された油絵茶屋にも肌をチラリとさらした遊女の姿と、それを下から覗きみる若旦那の姿や、大石内蔵助の討ち入りの図、暴れ牛を取り押さえる猛者の姿などが描かれたものがある。これからも分かるように見世物小屋は当時の画家にとっとも、絵画をみせる手段としてまっとうなものであったのだ。

当時の油絵の技法をつかって再現されたという12点の絵画のなかには、見世物風情をあおる、景色の描かれた幕を背景に立つ、人がたにくりぬかれたジオラマ風の油絵もある。いまみるとチープ片付けるわけにはいかない表現もあって興味はつきない。なにより今回浅草に「美術」が戻ってきたことは大きな事件だろう。無料のお茶目当てに興味本位で笑いながら油絵をみている来場者に、ついつい僕は自然と明治初期の庶民の姿を重ねてしまった。この油絵茶屋については東京大学の木下直之氏の「美術という見世物」に詳しい。小屋で配られているざらついた紙にべったりとしたインクで再現された引札も必見です。


油絵茶屋再現」(11月15日まで。午前9時〜午後4時30分。入場無料)



art | permalink | comments(0) | -
MEMO.
1.
ENZO MARIのロボッツ。大好きなインダストリアルデザインです。
鉄の板を切って曲げて、くっ付けただけのデザインが、まさに古き良き工業製品の佇まいをしています。
基本は床置きですが、壁掛けにもできるようになっています。
全体が折り曲げた鉄でできていますので、本体は結構な重量があって、細長いのですが、安定感があります。

僕はこの製品を親しみを込めてロボッツと呼んでいますが、実は会社名です。ロボッツ社は'60年代にイタリアに創業した、スチール加工のアイテムを得意にしたファニチャーレーベル。
ロボッツの製品で有名なのは、同じイタリアのデザイナー、ブルーノ・ムナーリが'70年代にデザインした子供用のベッドにもなるオールマイティなユニット"ABITACOLO"(恵比寿西のSOMEWHEREでみることができます)は、今でも僕のあこがれのデザインです。

スチール製のデザインアイテムは、木製の家具の人気が高い日本ではどうしても暖かみに欠けるのか、あまり人気がないのですが、木製の家具や、ガラスのオブジェクトとも相性が良いのでおすすめです。
スチール製のデザインといえば、このマーリのほかにも、ドイツ人デザイナー・コンスタンティン・グルチッチのアイテムに優れたものが多くあります。そのグルチッチのプライベートコレクション<CRAFT REAL : We like Grcic!>が月末から東京のショップElephant*であるのですが、今からとても楽しみです。

マーリのデザインは、ほかにはダネーゼのアシュトレイと、ボックスチェアをもっています。
そちらもまた機会があればご紹介します。


2.
CRAFT REAL勝手に応援祭り。コンスタンティン・グルチッチが2004年にデザインしたLAMYのボールペン「Vivo」。
永冨さんが今朝facebookにUPしていたVivoと同じ色です。僕は数年前、友人にお土産としていただきました。bauhaus-shopの文字があるので、ドイツのbauhaus archiveにあるミュージアムショップで買っていただいたものだと思います。感謝!

ステンレススチールのシリンダーのようなボディに、拍子抜けするような蛍光カラー。確か色はほかにも、オレンジや青、黒、ボールペンのほかにシャープペンもあったような気がする。

マスプロダクトを前提につくられる工業製品であるゆえに、樹脂製のパーツをあっけらかんと採用し、各所にいかにも工業製品なギザギザを施すあたりに、グルチッチのデザイナーとしてのふところの広さを感じます。ですが、そこはグルチッチらしく、ディテールが繊細で、ペンに必要とされる最小限のパーツで構成され、加工には医療器具やフォーミュラーカーに使用される技術を採用してつくられているそうです。

そう考えると、今年パリのギャラリークレオから発表されたテーブル<CHAMPIONS>なんかにも通じるコンセプトをもったペンなのかな、とも想像したりします。CHAMPIONSは押出し成形によるアルミニュムのフレームに、バイクやFIカー競技を思わせる、グラフィカルな装飾がデザインのテーブルでした。
デザイン界きってのロック好きとしても知られるグルチッチ。
Vivoの無垢なステンレスのボディに、グラフィカルの装飾を施したらカッコいいのでは、そんなことを想像してしまいました。


CRAFT REAL : We like Grcic!
http://www.elephant-life.com/?tid=4&mode=f12
design | permalink | comments(0) | -